自殺対策への提言


2014年

はじめに
ホームページを一新しました。活動が12年目に入り、マンネリ化したと思ったからです。新たな気持ちで「自殺対策」に取り組みたいとの思いに駆られています。今では、「自殺問題とは何か」を追い求め続けた試行錯誤の連続でした。これからは、「自殺対策」を追い求めます。秋田県の自殺者を減らすための「現場型の実践対策」を希求し続けます。思考回路を「自殺対策」にシフトするためにホームページを一新しました。自殺対策を次の4つの基本的視点に立って述べます。
1.自殺対策基本法の精神と自殺総合対策大綱を敷衍する。
2.「相談者の悩み」と「現場の体験」の累積から構築した自殺対策を語る。
3.自殺対策の遂行上で必要な問題点を明らかにする。
4.講演やシンポジウムの会場で質問された疑問点に答える。


「自殺対策に対する基本認識」
どの活動もそうであるが、基本理念や哲学がぐらつくと個人も組織も活動が長続きしない。自殺対策とは何か。それは「人間のいのちに向き合う総合対策」であるという基本認識にたつ。自殺率全国一の秋田県で個々のいのちに向き合う「点」の視点で「常設」「面談」「無料」の相談を続けている。私の対策は、個人に寄り添う「点」の対策である。時間をかけて「点」と「点」を結んで「線」にする。さらに時間をかけて「線」と「線」を結んで「面」を作り上げる。面とは「県民のいのちを守る」セーフティネットのことである。小石を敷きつめ、その上に岩を置いて、さらに空間に小石を敷きつめるように、鈍重でアナログな自殺対策である。活動の始めから面談での相談なのは「自殺をするほど苦しんでいる人の悩みを電話で受け止められるであろうか」という素朴な疑問から発する。

「中小企業経営者とその家族のいのちを守る」活動を始めてから12年になった。活動を開始した2002年には、自殺対策基本法は制定されておらず、日本中に中小企業経営者の自殺防止に取り組む団体もなかったために、自殺対策を教えてくれる人も組織もいない。5年間位は試行錯誤の繰り返しであった。自殺者を減らせると確信を持ったのは、相談が1,000回を超えた2007年頃からであろう。以前に相談を受けた経営者やその家族から「あなたの相談のおかげでいのち拾いをしました」との電話や、「あの時に佐藤さんに会わなければ俺は死んでいた」と言って訪ねてくる相談者が増えたからである。

私は現場で「ひたすら」相談者の悩みに耳を傾けている。いわゆる「傾聴」である。相談した会社(者)の数は920件、相談者数は3,000人以上、相談回数は5,000回を越えたであろう。北は北海道から南は沖縄までの相談者の悩みを聞いた。思うことは、自殺対策は「総合人間対策」であるということである。これだけ数多くの相談を受けても、ひとりとして同じ悩みに遭遇したことはなかった。男女差、年齢、生い立ち、性格、原因、職業、病気等の複数の悩みと数年の時間的経過の後に切羽詰った状態で相談に訪れる。人間対策は奥深い。素人が1年〜3年程度、学問的に学んだり、自殺対策の立場に立ったからといって人間はわかるまいと思う。むしろ、「わからない」ということが「わかる」ということのほうがより大切なのである。

相談体験を経て「自殺対策は何か」と問われると、私はすかさず、それは「県民のいのちを守る活動である」。と答える。地域住民のいのちを守ることこそが自殺対策の本質であろう。人間は複雑で多面的で奥深い。それゆえに相談員は謙虚で、真摯に相談者の悩みに向き合わなければならない。これから自殺対策を進める個人や団体はNPO法人「蜘蛛の糸」の活動の軌跡を辿ることによって、試行錯誤の期間を短縮できると信じる。ダッチロールの期間が短い分だけ一人でも多くの「県民のいのち」や「市町村民のいのち」、「地域住民のいのち」を守れるということである。ここからは現場で積み重ねた自殺対策を述べていきたいと思う。
(2013年11月1日)


「自殺対策と予知能力」
警察庁から11月末現在の全国自殺者数統計が発表されている。それによると、今年の1月〜11月の全国の自殺者数は25,150人、11月単月では2,017人であった。昨年同期比で、人数で679人の減少、減少率は2.6%である。これなら、今年も日本の自殺者数が「3万人」を切ることはほぼ確実と言えるであろう。2006年10月に自殺対策基本法が制定されて8年目、ようやく対策の効果が現われてきたといえよう。一方、1月〜11月の秋田県の自殺者数累計は270人であった。11月単月では31人である。去年の11月は42人であったから、同月比で人数では11人の減少、率では26%の減少幅である。昨年の1〜11月までの県内自殺者数の累計は302人であり、今年は270人であるから11ヶ月間で10.6%減少したことになる。ちなみに、東北各県おける11ヶ月間の減少幅は、青森県(-3.0%)、岩手県(+5.5%)宮城県(-3.4%)、山形県(+0.7%)福島県(+4.7%)であるから、秋田県の-10.6%は、東北で一番高い減少幅といえる。県内の自殺者数の減少は4年間続いている。これは、たまたま減少したわけではない。今年の自殺予防民間団体(秋田・こころのネットワーク)は、予知能力を駆使して事前の対策をうった。下図の月別統計にあるように昨年は6月と11月に自殺者数が多い。事前の対策として6月と11月に、ワンストップの「いのちの総合相談会」を集中して行った。特に昨年の11月の42名は突出した数値である。危機感を抱いて11月1日に「いのちの街頭キャンペーン」を秋田駅近くの路上で行った。危機意識を共有して県民に「いのちの大切さ」を訴える直接行動である。街頭キャンペーンや「いのちの総合相談会」と自殺者数の減少の因果関係の検証は難しいにしても「自殺した人は再び返ってこない」。これからも「県民のいのちを守る」ために、統計を分析しながら、ありとあらゆる事前の手を打つことになるであろう。今年初めて行った月別の自殺対策は来年も続けようと思う。
(2013年11月1日)



「秋田・いのちの故郷構想」に向けて
〜50年前の自殺者数「200人」を目指す〜

秋田県の自殺者数は、今後どのように推移するであろうか。今後の自殺対策を考えるために目標数値を予測してみた(図-1)。これは予測数値であるとともに達成にむけて活動する当法人の努力目標数値である。・数値目標/「200人台」
・目標達成年/2018年(平成30年)
(※「200人」の数値は、1965年(昭和40年、201人)の自殺者数である。従って「200人」目標は、約50年前の数値に秋田県の自殺者数を戻そうとする活動である。これはピーク時の519人から60%以上の減少になる)数値目標の設定にあたって次の点について考慮した。
1. 過去の自殺者数の減少傾向をもとに将来の数値を予測した。
2.「秋田モデル」の「民」「学」「官」の活動の実態を反映させた。
3. 県内の民間団体、大学関係者等の自殺予防関係者の意見を聞いた。
4. 過去10年間の県内各市町村の自殺者数の推移を参考にした。秋田県の自殺率全国一は18年間続いている。しかし昭和30〜40年代は決して自殺率の高い県ではなかった。昭和35年は20位(自殺率19.8)、昭和40年は28位(同15.7)であり、昭和30〜40年代まで自殺者数は200〜250人台を推移していたのである。秋田県の自殺率が急速に増加したのは昭和50年頃からであった。(図-3)秋田県の自殺対策の主な特徴は次の4点にある。
1.「民」「学」「官」(県、市町村・秋田大学・民間団体等)の連携が進んだ。
2. 知事をトップとして熱心な自殺対策が推進されている。
3. 民間団体(秋田・こころのネットワーク36団体)が活動している。
4. 地元紙秋田魁新聞を含む広範な啓発活動とワンストップの相談体制(いのちの総合相談会)を構築した。昨年の県内の自殺者数は297人あった(秋田県警発表)。前年よりも18人の減少である。県内の自殺者数が200人台になったのは県警の記録が残る79年以降で33年ぶりの数値である。県内自殺者数は33年前の数値に戻ったのだ。自殺者数は4年連続で減少、2003年が過去最多で559人であったから概ね半減したと言える。今後は「200人」を目指して活動を続ける。これがNPO法人蜘蛛の糸の掲げる「秋田・いのちの故郷構想」の具現化である。
(平成26年1月27日)







秋田県における自営業者の自殺対策について
2002年6月から秋田県で中小企業経営者とその家族の自殺予防に取り組んできた。相談者数は約950社(者)、相談回数は5,000回を超えたであろう。相談者は北は北海道から南は沖縄に及ぶ。一相談員として経営者とその家族の悩みをひたすら聴き続けている。一回目の相談時間は約2時間、二回目の相談時間は約1時間30分、三回目は約1時間である。四回目以降も時間の壁をはずして、相談者の悩みを聴いている。人間の生きる力の素晴らしさと強さを語り続け、絶望のどん底で希望の光を探す。活動開始からの3年位は試行錯誤の連続であった。「自営業者の自殺は減らせる(以下警察庁統計に従って自営業者という)」と思うようになったのは相談回数が1,000回を越えた5年後位からであった。以前に相談した自営業者から「おかげさまで命びろいしました」とか「あの時に相談をしていなければ私は自殺していました」というお礼の電話を受けるようになったからだ。相談者の悩みの累積と統計データから「現場型」の実践的な自殺対策を組み立てている。(図―1)は、県内における自営業者の自殺者数の推移である。活動開始した時点の2002年は89人であった。この数は秋田市の自殺者数にほぼ匹敵する。一昨年は28人、昨年は30人であった。3分の2以上減少した。大幅に減ったこともあり、「自営業者の自殺は減らしやすい」とはっきりと認識している。
その理由は
 1)倒産は経済事象であり、悩みの期間に一過性の要素がある。
 2)事業の失敗や挫折の原因は必ずしも病気でない。
 3)経済問題の悩みは相談現場で解決の方法を示せる。
 4)店舗や事務所を構えており相談者を特定しやすい。
 5)自営業者は「常在戦場」で鍛えているので復元力が強い。
等である。
これからは「80%の減少」を目指して活動を続ける。県内自営業者の自殺者数を「15人以下」にまで減らす方法を考えている。そのために「自営業者とその家族」に焦点を絞り込んで商工会議所、商工会、企業団体等への積極的な啓発活動を行う。「自営業者の自殺者数89人を15人以下にする」と目標を明確化する。問題解決型の「常設」「面談」「無料」で良質な相談機関に徹する。




県内の自営業者数がどのように推移するか、過去のトレンドから予測した。(図―2)啓発活動と相談業務を継続しながら、社会変動に対応した事前の対策を打っていきたい。活動の主軸は農業や林業・漁業の一次産業経営者対策になるのではないか。
(平成26年3月6日)



「自殺の危機経路」と「いのちの総合相談会」
<自殺対策は「人間総合対策である」というのが、相談現場での結論に近い。従って、自殺防止の相談には人間に対する深い関心と愛情が欠かせない。今まで「死ぬほど苦しんでいる人」の相談に応じてきたが、一人として同じ悩みの相談者に出会ったことはなかった。男女別、年齢別、職業別、原因別や生きる価値観等の違いによって悩みの受け止め方が違う。ある人にとっては些細な悩みでも、ある人にとっては死に追い込まれる程深刻な悩みに感じることがある。自殺に追い込まれる人の心理の過程を体系化するのはむずかしい。しかし、このむずかしさに解決の道筋をつけてくれる調査がある。自殺対策支援センター「ライフリンク」が膨大なエネルギーと時間をかけて調査した「自殺の危機経路図」である。この図は、自殺の原因を可視化したものとした画期的な調査である。自殺の危機経路図によると、自殺に追い込まれるには10の要因があるという。だが、一人の人間は4〜5の要因によって死に追い込まれるというのだ。

危機経路図を凝視すると相談体制の方法が見える。自殺に追い込まれる原因の一つ一つの相談担当者が違うことに気が付く。例えば(1)の事業不振は「NPO法人蜘蛛の糸」(2)の職場環境の変化は家族や職場の関係者、(3)過労はカウンセラー、(4)身体疾患は医師、(5)職場の人間関係は会社の上司や同僚、(6)失業はハローワーク、(7)負債は弁護士や司法書士、(8)家族の不和は民生・児童委員、(9)生活苦は生活保護担当者、(10)うつ病は精神科医というように。また、全部の悩みを解決できるオールマイティの相談員も存在しない。それならば、関係団体が連携して役割分担し「ワンストップ」の相談機関を作ったらどうだろう。

この「自殺の危機経路」を具現化した相談が、「秋田」で行っている「いのちの総合相談会」である。相談者の複数の悩みをワンストップで受け止め、弁護士、司法書士、臨床心理士、産業カウンセラー等の専門家と自殺防止にかかわる民間団体が連携して相談に応じる。2009年から「いのちの総合相談会」を開始した。これまで49回の開催、延日数は489日になった。相談者は450人を越えた。徹底した啓発活動と現場相談の積み重ねが「秋田モデル」の特徴である。目線を下げて「自分が悩んでいたらどんな相談機関に相談に行くであろうか」。いつも相談者目線で対策を構築することが大切であると思う。




あきた自殺対策センター 蜘蛛の糸

事務局/秋田市大町三丁目2-44恊働大町ビル3F TEL018-853-9759/FAX 018-853-9758
© 2013 NPO Kumono-ito All rights reserved.